2025.9.4 記入者:大岩(サービス管理責任者)

ある日、支援員Kさんといっしょに事務所をおとずれたご利用者Kさん。あいさつをよそにKさんはむすっと口をとじて、まるで曇り空がほっぺに居すわっているように、どこかぷすぷすとした表情でした。
ときどき「んなぁ~、もぉ~!」といいながら、そのうちピシャーン!と雷をおとしそうな面持ちでしたが、機嫌のわるさがどこからやってきているのかは支援員Kさんもわかりかねるようで、きもちや場面のリセットのために事務所をおとずれたようでした。

「言葉が通じるからといって、互いの考えていることが分かるというものでもないのです。なまじ言葉が通じれば、分かり合えないとき、いっそう虚しい。必要なのは相手の意を汲む努力をすること、こうだと決めてかからずに相手を受け入れることです」
───黄姑
Kさんにかぎらず、目黒恵風寮ではじぶんのことをじぶんの言葉ではっきりと他者に伝えることができるご利用者は多くはありません。また、言葉で伝えてくれはするものの、そのきもちや状態を他者にピタリと伝えることが苦手な方も少なくありません。
だからこそ言葉にならない思いや心身の小さな変化をくみとり、ご本人にかわって「通訳」として周囲に伝えつつ個別のニーズに応えるのが、専門職として目黒恵風寮に勤めるわたしたちスタッフにとって大切な役割のひとつとなっています。



たとえば、食事のときには「もういらない」と言葉で伝えても、ほんとうは「お腹が張って苦しい」「味を変えたい」といったサインが隠れていることもあります。また、歩く速度や歩きかた、日常の動きがふだんよりもゆるやかになったり、いつもとは「なにかちがう…?」という心にひっかかることがらも、体調の変化を知らせる大切なサインとなります。
過去には、顔色や唇の色がわるく食もすすまずに胸をさする動きをされていたご利用者の異変に支援員が気づき、すぐさま看護師との連携のもと医療機関受診の手配をしたところ、のちに心疾患がみとめられたというケースもありました。ご本人の表情やしぐさ、しぐさの微かな変化をよみとり、言葉としてあらわされない状態や思いや心身の微妙なニュアンスを“通訳”として周囲に伝えることの重要さを実感する機会でもありました。



人や動物のからだやこころの声を読みとる医師、木々の言葉を聴きとる樹木医、ことばになりにくい思いをひらく言語聴覚士、文化や言語をつなぐ通訳や翻訳者、人と人や人と制度とのあいだを橋渡しするソーシャルワーカー――さまざまな専門職が、それぞれの場で「通訳」の役割を担っています。
目黒恵風寮のスタッフもときに「通訳者」として、ご利用者の状態や思いや願いを社会に──社会の資源やしくみやまさざしをご利用者に──橋渡ししています。